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ガス灯の歴史



ガス灯は、イギリス人技師のウィリアム・マードックが1792年、石炭から得たガスの炎で自宅の照明に利用したのが始まりであり、その後、ガス灯は街灯の元祖として世界各地の街路を灯し、様々なデザインで街並みに彩りを添えてきました。日本で見られる現在のガス灯は、ほとんどのものが復元・新造されたガス灯です。ここではガス灯の歴史と進化について紹介します。

日本でのガス灯の始まり

日本でのガス灯の始まり

それまでろうそくの明かりが中心であった日本にガス灯がやってきたのは、ガス灯が発明されてから約80年後であり、電灯(アーク灯)は、ガス灯よりも遅い1878年に日本に登場しました。日本で初めてガス灯が点灯された場所は、1871年の大阪で、大阪造幣局に686基のガス灯が設置されましたが、造幣局の宿舎内部に621基、付近の街路に65基という設置だったため、街頭用の明かりではありませんでした。翌1872年には、実業家の高島嘉右衛門がフランス人ガス灯技師を招き、横浜で本格的なガス事業を開始し、横浜市中区花咲町にガス工場が建設されたことから、跡地である横浜市立本町小学校の場所には「日本ガス事業発祥の地」としての記念碑とガス灯1基が設置されています。

ガス灯の種類・形状

ガス灯の役割は「明るく照らすこと」であり、技術の進歩とともに構造も変化してきました。室内灯としても利用された時期がありましたが、換気などの問題で室内での使用は難しく、街灯としての利用されることがほとんどでした。当時のガス灯の仕組みや種類は、どのようなものがあったのか見ていきましょう。

初期のガス灯
初期のガス灯はガスバーナーなどの炎のような裸火であり、細い管から炎が出ているため明るさは弱く、1基ではぼんやりと照らす程度の明かりにしかなりませんでした。炎の周囲はガラスで囲まれ、ガラス枠や屋根、支柱には気品ある装飾が施されていました。
マントル

ガス灯の普及のきっかけとなったのが、マントルという丸い発光材であり、ガス灯の火口に装着すると、裸火の5倍程の明るさを放つことができます。マントルのガス灯は炎が見えないため、電灯と見間違えてしまいそうな外観をしています。

マントルの個数が増えれば明るさも倍増します。1灯あたり3~6個のマントルを使用したり、1本の支柱から2灯以上を連ねてデザインしたりすることで、マントルの数が増え1基あたりの明るさも強くなりました。

街灯に有効な光の向き
街灯は高い場所に設置するため、「下向きマントル」というタイプが有効です。「上向きマントル」タイプの場合、土台からガス管を出すので上向きの炎となり構造も簡単ですが、土台や支柱が光を遮り暗くなります。「下向きマントル」だと灯具の上部までガス管を通し下向きの炎となりますので、土台などが邪魔せず有効に明るさを得ることができたため、1907年頃より、明るい「下向きマントル」が主流になりました。